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11 第2に、いじめ及び不登校、高校の中途退学対 策は緊急の課題である。 いじめ、不登校、高校の中途退学 の問題解決には、家庭、学校、地域・行政のそ れぞれが役割を果たしつつ、四者が一体となっ た継続的な取り組みが不可欠である。 まずはじめにことわっておくが、この文面全体 の内容は、基本的に間違っているとは思わない。 これらの深刻な問題は「緊急の課題」である。 と同時に、即効薬特効薬があるわけでもないので、 「四者が一体となった継続的な取り組み」は 必要不可欠である。 また、下線の部分についても、 学校に通えない子がいるのに、それを「親がダメ だから、本人がダメだから」あるいは「来ないの は来ない子の勝手でしょ」と自らに問題はないの かを考えようともせずに学校や教師が放置したり、 「他人の家だから関係ない」 「学校がしょうもない からでしょ。学校に期待したって仕方ない」と 親や地域があきらめ、無関心になったり、 みんなが他人のせい、もしくは当人とその親だけ の問題という風に逃げる、押しつける、そういう 風潮は大問題である。 また、行政が学校の役割・責任を軽んじて、目 をつむる、切り捨てる、まして誰であれ、学校そ のものを否定する風潮を社会に蔓延させ、それを 口実に儲けたり予算を削ったり為政者の都合のい いように学校・教育の仕組みを変えようと画策す る輩は、絶対に許してはならない。 そういった観点から言っても、この文章は確か に正しい。実に正しい。もっともなこと、大事な ことを言っている。そのように受け取れる。 不登校の子ども自身、あるいはその親がこの下 線部を読んだら、どんな受け取り方をするだろう か?「不登校になっているお前が悪いんだ」 そう言われているように受け取らないだろうか? 自らを鞭で打ち据えるような気持ちに追い込まな いだろうか? 「ああ、やっぱり厄介者だと思われてるんだ」と 心を閉ざさないだろうか?? 「穿った見方だよ」と笑いますか? でもそう読んでしまう可能性は十分にある。 不登校の親でも当人でもないこの私でも、 最初に読んだ時そう思ったもの。 不登校の子どもと親を、殊更に「かわいそう」 とかそういう捉え方をするのはかえって失礼だと は思う。 でも少なくとも学校に行けなくなっている状況、 そしてそれには理由も原因も背景もあり、それら の蓄積の中で今の状況として現れているんだ。 それらは十分重い。そして当事者たちは、その 重い中で生きているのだ。 それらを見落として、あるいは軽視して、現象 面だけを捉えての「問題」視に、陥ってしまいやす いけど、陥ってしまわないようにしないと。 物言い一つの中でも。 もっと端的に言えば、 「いじめと不登校を同列に語るな!」 ということだ。 まるで不登校になってしまった子どもやその親 が、いじめをやってたりやらせてたりその温床を 放置してたりする人たちと同じように悪い!みた いに受け取れるじゃないか!!! 無論「いじめ」にしてもいちがいに「誰が、何 が悪い」と一筋縄でいく問題ではないけれど、 また、いじめが横行する環境ととても学校には行 けそうにないという環境に、かなりの共通点はあ るだろうということも容易に想像はつくけれど、 でも少なくとも、「現にいじめている人」「黙って 見ているまわりの人」「見ないふりして、増長させ ている大人」と不登校の当事者が「同等に悪い」 ということはない!!! 似たような環境で起こりやすいことでも、もう 少し丁寧に配慮して書き分けられるべきだと思う。 次のページへ