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9 うちの学校はそうだとは思わないが、もしこれ が物言わせぬ「見えない壁」のある学校だったな らば、そこに穴を開けたぐらいの価値はある。 実際の回答数で言えば、「このままでよい」と 「変更した方がよい」は3:1ぐらいで、大勢に 影響はない数字だったし(意外に保守的)、「どう して制服見直しの希望が出たのか」と、この問題 を問うこと自体に疑問の回答もあったけど、 いいんだよ。いろいろ意見があること・ 出し合うこと・認め合うことが大事なんだよ。 で、次は私自身の回答の「ねらい」 「せめて選択肢を…」「せめて」で始まる。 かなり穏やかで、現状にあきらめに近い物言い ではある。だが、ねらいとするところは 「変わらない・なくならないならせめて…」とい う一歩下がった意見、ということではない。 ただじゃ転ばないさ。 制服=抑えつけるもの、そのための重要アイテム たしかにそういう捉え方はできるし、私の出た 中学ではまさにそうであった。 だが、というか、だからというか、逆に制服を 「遅れた認識を進め、 選択の幅を広げるアイテム」 として押し出す論法を取ってみた、それだけだ。 「制服ですか?   あ、はいはい、別にいいですよ、あっても。 (そこまで明言してないけど。ホントはヤだし) でも当然あるからには、 『女はスカート、男は詰襟』みたいな旧来の 〜厳密に言えばある一時代の慣習にすぎない〜 『女』『男』の型に流し込むような偏ったことを するんじゃなくて、まあそういう制服も残ったと しても、そうじゃないものも作るのが筋でしょ。 それとも何ですか?   そういう偏りを今後さらに助長させるのが 公教育として是、なんですか? そういうことを放置しておくから、 『スーツを着てない大人の男はまともじゃない』 みたいな歪んだ常識が蔓延するんですよ」 という正論を声高に叫びたいところをぐっと こらえて、ファールで粘るように穏やかに囁き 続ける、これがきく、これが大事なんよ。 結局気づくのは一人ひとり、自分自身なんだから。 人が気づくこと、それに先んじてすぐれた制度 ができたとしても(例えそれが困窮する実態と比 べてあり余ってなくてまだ不足であったとして も)、一人ひとりの意識をその高さまで上げていく、 間をつめていく努力を積んでいかないと、剥ぎ取 られ、崩されていってしまう 〜革新都政の時代にできた東京の保育をはじめ とする福祉の制度なんてまさにそうだよね。 「幸福の王子」状態!!〜 だから、地道でしぶとい、ひとりひとりへの問 いかけ・問題提起がすごく大事になってくる。 いきなり大仰な言い方すると引いたり身構えた りして効き目が落ちるから、 ぐっとこらえて、でも茶目っ気を忘れずに。 で、区が進める霊験あらたかな 「学校選択制」も絡めた物言いも入るわけだ。 そして思わぬ結末 とはいえさ、 別にこういうアンケート1つ取ったからって急 に何が変わるわけでもないし、でもこういう機会 はいいことだと、記憶の隅に残る程度で、あとは 子どもの卒業→入学という日々の中で過ごしてた。 で、兄ちゃんは今年3年だし、これまで中学で は何もかかわってこなかったから1回は役員をや る番かな? と思ってたところに、電話が。 「兄ちゃんが保育園にいた頃にたしか父母会長 だった人」からだった。この電話がきた時点では 中学の父母会長やってるってことも知らなかった けど、名前と最初の一声をきいた時、用件の内容 が瞬時にすべてわかった。 (オソロシイねえ、こういうこと長くやってると わかっちゃうもんだから) そしてその用件が私にとっては「運命として受 けざるを得ないもの」であることも。 用件は、「父母会長をやってほしい。 自分はもう卒業なので…」であった。 そして何だかしんないけど、制服アンケートの あの回答を書いたのが私であることも、向こうに はすっかりお見通しであった。次のページへ